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リンク紹介1

このブログでは、

不思議な、不思議な「アルメニア共和国」

をリンクしています。

アルメニアに対する愛情溢れるサイトですが、
多分ここを訪れる人で、アルメニアに興味がある人は殆どいないと思います。
時間の無い人のために、その中でひとつだけお勧め記事をあげておきましょう。

アルメニア人とは?

です。

ここでは、アルメニア人の傾向について紹介されています。

アルメニア人は基本的に天然で変な人達だ。
最初、冗談で頭がおかしい人みたいな事を言っているのかと思ったのだが、彼等の殆どは「素」でおかしいらしい。所謂、「論理的思考」が極度に欠落している。(以下略 リンク先を閲覧してください)




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非公開コメント

お邪魔致しますm(__)m

こちらでははじめまして。
学会2世の元夫と暮らしている非学会員でアンチ創価なビアです。

アルメニア人っていうのは創価学会の人とよく似ているのですね…(;^_^A

選民意識と言うか世界中の中で自分達が最も優れていて何もかもが「アルメリアのおかげで存在している」って言うところなんかはもう全くの類似点ですね…。

何故、アルメニア人はそんな風になってしまったんでしょう?
まともに情報を与えられる事なく政府(?)からそのように教え込まれているのでしょうか?

私も結構な日本贔屓ではありますが、国際社会の中での日本の立場や日本人がどのように思われているかは承知しているつもりです。
ですからそういう思考に陥ったのがよく理解出来ません。

アルメニア人はアルメニアと言う国の中で閉ざされて情報を与えられなくてそういう能天気な考え方になるのはなんとなく理解出来るのですが、日本と言う国は様々な情報を得る事の出来る国なのに「創価学会が唯一正しい」と信じきった人々が存在する事も不思議ではありますが…。

それも日本の家族がねまさんのおっしゃる直系家族制だからなのでしょうか????

アルメニア人について

「アルメニア人とは?」を読んだところでは、
直系家族的だなと感じたのですが、

アルメニアは、 
エマニュエル・トッド氏の分類によると
アラブのイスラム諸国と同じ「内婚制共同体家族」なんです。
本来、選民主義を生み出す家族構造ではないのですが、
アルメニアの独立が比較的最近であることも
影響しているように思えます。
1991年に独立した新しい国なのです。

さらに、独立前はソ連の一部であり、
「鉄のカーテン」の中で暮らした期間が長いため、
情報に疎いという点も挙げられるでしょう。

愛国心については、
米原万里氏の経験から来る言葉を紹介しておきます。

米原万里著「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」
『誰もがイッパシの愛国者だったソビエト学校に通ううちに、大きな国より小さな国、強い国より弱い国から来た子どもの方が、母国を思う情熱が激しいことに気づいた。
アメリカ人よりプエルトリコ人の方が、自国に対する侮辱に敏感なのだった。自分こそが国を代表しているという悲壮感が強いのである。』

「創価学会が唯一正しい」と信じきった人々について

>日本と言う国は様々な情報を得る事の出来る国なのに
>「創価学会が唯一正しい」と信じきった人々が存在する事も
>不思議ではありますが…。
創価学会は有害です。
しかし、「創価学会が唯一正しい」と信じきった人々が
日本に存在する事は、むしろ自然な事だと私は考えています。
創価学会がここまで拡大するためには、日本人の特性を踏まえ、
学会組織に選民思想的なものを持たせる必要がありました。

直系家族制の柱の一つが、差異主義(不平等主義)です。

これは、人間はそれぞれ違っている特別な人間というものがいる、という価値観ですが、相続などに良く表れます。

日本では家の継承という理念の下、
兄弟のうちの1人(大抵は長男)に財産を与え、他の兄弟は家を出て行く、

すなわち、

人間は特別な権利を持つものその他の劣った存在に分かれていると考え、それを当然視する慣行がありました。そのために日本人は選民思想と親和性が高くなるのです。
(※ただし、両親が差異主義で無い場合影響が薄くなります)

このような相続の伝統は、農地の分割を防ぐためには当然と思われるかもしれませんが、中国やロシアでは、日本と違って平等主義的な相続の伝統が古くからあったのです。

ところでビアさんは、人間を幸福にしない日本というシステムという言葉を耳にしたことはありませんか?この言葉の是非はともかく、創価学会とは日本というシステムを濃縮したものであり、日本というシステムの悪いところが凝縮されています。創価学会とは、日本というシステムが、原理主義化したものだ、私はそのように捉えているのです。

ねまさんへ

こんばんは~!
解説、ありがとうございますm(__)m

【人間を幸福にしない日本というシステム】と言う言葉は聞いた事がありません。

不平等と言う点に関しましては私もいろいろ思うところがあります。

それは同和部落の方を創価学会が多く折伏して入会させたと言う点です。

「あなたがこうして差別を受ける環境のところに生まれたのは『前世の宿業ゆえだ』」と言って折伏したのだと聞いております。

ですので親が学会員なら子も学会員。
親が学会員でなくても子が学会員になる。そしてその子が学会員であればまたその子の子が学会員になると、学会のシステムってほんとによく出来てるなと感じます。

私の父は父の兄と同等の遺産を相続し、私には姉兄がおりますが、両親が亡くなった暁には平等に財産を分与して相続させると申しております。
それは「親の面倒を誰がみた」と言う事は無関係に子供3人、平等にするとの宣言です。

そういう環境で育った私には創価学会の有り様は全く理解出来ませんが、ねまさんの書いて下さっている事を読ませて頂くと「日本って…」って、何だか遣る瀬無い気分になります…。

この日本のシステムは崩壊する日がやってくるのでしょうか…?
核家族化が進む日本ではありますがねまさんのような非活の2世さん達(うちの元夫もですが)が増えに増えてこのシステムを断ち切る事がやはりポイントなんだなぁ、って思いました。


ビアさんへ

コメントありがとうございます。
質問にお答えすることで、細部の説明が補完できます。

>学会のシステムってほんとによく出来てるなと感じます。
そうなのです。よく出来ており、よく機能するシステムです。

が、

同時に、日本国外ではほとんど機能しない。
また「日本が直系家族社会になる以前」であれば、
やはり機能しない。

>私の父は父の兄と同等の遺産を相続し
>両親が亡くなった暁には平等に財産を分与して相続させる
ビアさんの育った家庭が平等主義である可能性を感じます。
ただ、詳しく見ていく必要があるので拙速な判断は避けたいところです。

現在では、多くの国で近代的な法律が整備され、
日本やドイツでも、平等主義な相続法規になっています。
また先進国を中心に少子化が進んでおり、
特に中国では一人っ子政策が導入されています。

すると、ふたつの疑問が出てきます。
疑問1.相続が平等なら、普遍主義(平等主義)になるのか
疑問2.一人っ子の場合、差異主義(不平等主義)はどうなるのか

まず疑問1から、
普遍主義(平等主義)か差異主義(不平等主義)かという問題は、相続に象徴的に表れるものの、それが全てではなく、親の愛情が平等に分配されているか、という点を見ていく必要があります。

兄弟のなかで、大学進学の学費を出して貰える人と、出して貰えない人に分かれたりしていないか?親の構い方に大きな偏りが有るか無いか?

すなわち、疑問1の答えは、
「相続が平等になったら、普遍主義(平等主義)になるのではなく、
相続以外の要素に表れ続ける」ということになります。

次に疑問2です。
家族構造のあり方は、他の構造にも適用されます。
学校や企業、地域社会といった集団の人間関係も、
同じ家族構造で構成されることになります。
つまり、家族以外の人間集団を通した、
家族構造の継承が保証されています。

学校で、特に体育会系の部活動では、しばしば
先輩から後輩への理不尽なシゴキがあります。

参考:
部活 先輩 後輩 しごき の検索結果 約 72,800 件中 1 - 10 件目
http://www.google.com/search?hl=ja&source=hp&q=%E9%83%A8%E6%B4%BB%E3%80%80%E5%85%88%E8%BC%A9%E3%80%80%E5%BE%8C%E8%BC%A9%E3%80%80%E3%81%97%E3%81%94%E3%81%8D&lr=&aq=f&oq=

これは差異主義(不平等主義)の家族構造をもった国に特有のものです。
学校の先輩後輩とは、家族的にいえば兄弟の関係にあたります。
僅かな年の差の兄弟が、なにゆえ、
「指導するもの」と「従えられるもの」に分かたれてしまうのか?
その原因が家族構造に由来しています。
また、企業などでも先輩後輩的な関係は見られますよね。

後輩はあれこれ面倒を見てもらう代わりに、
先輩のために少々の無理を聞く。

日本にいると当然のように感じがちですが、
普遍主義(平等主義)の国では事情が違います。

参考:
【中国ブログ】複雑? 「先輩・後輩」にこだわる日本社会
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0907&f=national_0907_014.shtml
日本在住の「唐辛子さん(ハンドルネーム)」は、自身のブログで、日本の人間関係について「小学生ですら、自分が2年生になると、新入生の“お兄ちゃん、お姉ちゃん”として、学校の内外で先輩らしく振舞うことが要求される」、 「これほど“先輩”、“後輩”にこだわる民族を見たことがない」と驚きをつづっている。(以下略)

日本的な意味での「先輩-後輩」は、普遍主義(平等主義)の国には存在しません。

疑問2の答えは、
「一人っ子の場合でも、差異主義(不平等主義)は存続する」
となります。

>「日本って…」って、何だか遣る瀬無い気分になります…。

家族制度は家族をはじめとした人間集団の中で、
半永久的な持続が約束されていますが、長い歴史のなかでは、
異なる家族制度に変化することがあります。
もちろん、これまでにも変化した例があります。

1.直系家族制はトータルで見れば決して悪いものではありません。
2.古い時代の日本は(おそらくですが)直系家族制ではありませんでした。
3.現在の家族制度はユーラシア大陸の中央部から東西に伝播をしたものです。
4.家族制度が地理的に伝播する時代は終わりました。
5.現代では地理を超えた伝播が起こり得ます。

>ねまさんのような非活の2世さん達
私個人の育った家庭を振り返ると、
親子関係は自由主義的だったと思います。
私が学会組織に従順でなかったのも、
そのことに由来している可能性が高そうです。
なにしろ、師弟は対等、幹部と平会員は対等
という感覚を持っていましたから…

>この日本のシステムは崩壊する日がやってくるのでしょうか…?

おそらくお察しのように、創価学会とは日本社会(直系家族社会)が定期的に犯す間違いの一つであり、同じシステムが続く限り根本的な問題が残ります。

いつごろ、どのように変化する、という予測は難しいですが、同じ家族システムが永遠に続くわけでもありません。私個人の願望としては、日本がフランス型の家族システムになることを希望しています。
注意事項

ねま

Author:ねま
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